蟲ソムリエの実践

昆虫食ブログです。前ブログ「蟲ソムリエへの道」 http://mushikurotowa.cooklog.net の続き

あけましておめでとうございます。 ラオスから帰ってきました。

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

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大吉だそうです。

 

 

です。

 

今年は、他分野の専門家とも組んで、いろいろと

「わけのわからないこと」をやっていくと思います。

 

いずれも体系化の途中ですので、単発のプロジェクトについて

なぜやるのか、その意義が理解できないこともあるとは思いますし、

 

複数のプロジェクトについて、

その意義を延長することで互いに競合することもあります。

 

それぞれがゆっくりつながっていって、競い合って、形を作っていきますので

ご安心ください。

 

「昆虫食に嫌悪感を感じない社会」は

昆虫食の提供なしには残念ながら実現しません。

 

その過渡期に居合わせたみなさまは

ご自身で嫌悪感をちょうどいいぐらいに調整しつつ、我々の活動を

見守っていただければと思います。

 

 

ラオスでは多くの収獲がありました。

 

まず実感したのは

昆虫を養殖して食用に売りたい、という私の願望が

「変人ではない」ということです。

 

変人というアイデンティティを失った時

私に求められたのは専門性でした。

 

昆虫食の再導入に必要となる専門性とは何か。

 

このブログでもトピックごとにまとめていこうと思います。

 

ということで今年もよろしくお願いいたします。

 

たぶんですが、

 

私の思考の整理にこのブログが使われていくので

前のブログよりも

どんどんややっこしくなっていくと思います。

 

まぁ読みにくい文章を見かけたら、健康に思考してるんだな、と

遠巻きに眺めていただければと思います。

ラオスにきています。

#私が昆虫を食べる理由

そういえば、こちらも投稿をお願いしました。

 

前回のこちらと対比して御覧ください。

bug-sommelier-cooklog.hateblo.jp

 

 

一般的に昆虫を食べるヒトが多くない日本において

「食べること」と「食べないこと」は
非対称になっている感じがします。

 

昆虫を食べることのほうが「行動の動機」であって

食べないことのほうが「行動の慣性」が効いているような感じがしました

 

この非対称性を補正できたらいいな、とは思うのですが、
まずは概観してみることから。

いろいろとおもしろいです。



ブレードランナー2049に昆虫食は出てくる

「今年最高の昆虫食映画」と私の中で名高い、ブレードランナー2049。
 
次々と謎が暴かれ、そして複雑に分岐していき、最後にググッと収束していくネタバレ厳禁の見事なシナリオ。
 
前作を踏襲しつつ、しっかり超えてきたテーマの深掘りと独特の風合いの映像の数々。うーんすばらしい。私はとても気に入りました。
 
近未来の欲望あふれる猥雑で退廃的なハードボイルドSF 語りすぎない、説明しすぎない
 
「客を選ぶ」姿勢は健在で、それゆえか、興行的に苦戦しているようでもあります。
 
この映画に必要な前情報は
 
 
 
iTunesで 500円。
 
買って、早送りせずに、独特のテンポ感を、体に染み込ませて
意味のあるような無いようなまどろっこしいセリフまわしをしっかり頭に入れておきましょう。
 
 
以下は
 
 
ブレードランナー2049を見たあとに
 
短編
 
2022 ブラックアウト
2036 ネクサスドーン
2048 ノーウェイトゥラン
 
 
いずれもコンプリートした後、もしくは、
 
この映画を絶対に見ない
と心に決めた方のみ読んでください。
 
 

愛する人にネタバレされた時の気持ちは? 
 
接続
 
愛する人にネタバレされた時の気持ちは? 
 
接続
 
愛する人にネタバレされた時の気持ちは? 
 
 
……接続
 
OK 許容範囲内です。
 

 
 
劇中ではっきりと示された昆虫食は2つ
 
一つ目は
脱走した元衛生兵、ネクサス8型「サッパー」のカリフォルニアのファーム。
周囲には鏡集光型の太陽熱発電施設がある。コガネムシの幼虫を自分の食用に収獲してきたところ。
サッパーはタンパク質だといい、ニンニクを煮るシーンまではあるものの、Kがサッパーを「解任」するので食べるシーンはなし。食べてほしかった。
  
サッパーは2048年に「線形動物」を飼育しているとの描写がある。
2048短編ノーウェアトゥラン参照。
ビンに数頭入ったものを4000だと収益になるが、3000だとエサ代にならないとぼやく。複数のビンがカウンターにあったがいずれもサッパーのものかは不明。
エサ代というからにはどこからか購入しているらしい。品質、栄養をウリにしていたのでヒト、または何らかの生物に食べさせる用途と思われます。
ブレードランナーの世界では、妙に「線虫学」が発展していそうです。
  

 
 
サッパーが「農家」を自称したのが面白い、との指摘をいただきました。たしかにそうですね。
サッパーは地球外植民地、アウターワールドでの戦争要員で、衛生兵として派遣され、そこから脱走してきました。
与えられたアイデンティティから抜け出し、レイチェルの出産に立会い、そして農家としてアイデンティティを獲得した、その覚悟がみてとれます。
事前に「解任」にKが向かうことも知っていて、「農家」として死ぬことを選んだというサッパー。彼の生き様は尊敬すべきものがあります。
 
また、この泥水のプール、コガネムシの幼虫の養殖に適しているようにはとても見えません。コガネムシはフカフカとした比較的好気的な腐葉土で飼育できるので、ずぶ濡れに水没した嫌気的な泥水では、数日なら耐えられるとは思うのですが、成長には適さない環境に見えます。
 
また、レプリカントであるサッパーが気密性の高いスーツを着用してビニールハウス内に入っていたことから中のガスも、ヒトやレプリカントには適していない組成になっていると考えられます。ではそこで何が行われていたのでしょうか。
 

 
2つめは,
前作で逃亡した元ブレードランナーデッカードのラスベガスの隠遁地。養蜂を行っているシーンです。ラスベガスは2022年「ブラックアウト」の中心地となったため地球上で最も放射能汚染のひどい地域で無人機撮影に映ったミツバチの熱と動きでKは生き物がいることに気づく。
 
食べるシーンはなし。巣箱とは別に、エサ源と思われる円筒形の吊るし型の餌場が映る。室内には藻類を培養していると思われる水槽もある。ラスベガスなので蒸留酒だけはめっちゃある。木彫りが趣味のようで、いまは「本物の木」はほとんどないとのこと。
 
砂漠化した荒涼としたラスベガスで、十分に養蜂が行える花畑があるとは到底思えません。そしてKの捜索によってデッカードが見つかるきっかけになったのがミツバチなので見つかってしまうリスクも高まります。
 
ではミツバチに何をさせていたのか、何をたべさせていたのか。
 

 
以上の昆虫食の考察に入る前に、その背景となるバイオテクノロジーについて
時系列で把握しておく必要があるでしょう。
レプリカントも一連のバイオテクノロジーの重要な成果です。
 
以前のナウシカの考察でも苦労しましたが、
昆虫食の設定が、その世界そのものの根幹に関わる設定とリンクしていると
その考察次第で世界観が大きくかわるので、気を使います。これも大変だ。
 
しばらく昆虫食の話から迂回します。
それでは参りましょう。

 
まずは年表の確認です。パンフレットをもとに要約しました。
 
21世紀初頭
タイレル博士が人工生命「レプリカント」を開発する。
 
レプリカント ネクサス6型の脱走事件が起きる。
6型は4年しか寿命がないが、どうにか延命できないかとタイレル博士の元へ向かう。
どうやっても延命は無理だった、とタイレル博士は言い。タイレル博士殺害される。
人工のフクロウ、ヘビなどが市場に流通し、そのエサとなる飼料もそれ以上に流通していると思われる。
 
2019 新機能をつけた試作レプリカント「レイチェル」とブレードランナー デッカードが駆け落ち逃亡。
 
ーーーーーーーーここまでが前作「ブレードランナー
 
2020 ネクサス8型が開発される。眼球にコードが埋め込まれており、
それにより個体識別が簡単になる。寿命に制限がなくなる。

2021 レイチェルとデッカードの子供、後のアナ・ステラインが生まれる。レイチェル死亡、サッパーの農場に埋葬。アナは名前とDNAデータを改ざんされゴミ捨て場に孤児として隠される。
 
2022  ブラックアウト ネクサス8型と賛同した人間によりラスベガス上空の電離層にEMP攻撃を行い、大規模停電を誘発する。ブラックアウトによる電子機器の破壊によって流通が混乱し、食糧不足が顕在化する。同時にデータセンターを破壊し、金融と流通、食料生産に大きな混乱を引き起こした。アナ・ステラインのDNAデータが取り出し困難になる。デッカードはこのあたりからずっとラスベガスで隠遁生活。
 
2023 ブラックアウトにレプリカントが関与していたと騒ぎになり、レプリカント禁止法成立。ネクサス6型は寿命を迎え、長寿命のネクサス8型の「解任」をすることになる。このあたりでタイレル社倒産。
   
2025 天才科学者ニアンダー・ウォレスが画期的な遺伝子組み換え技術を開発。ライセンスフリーで提供したことで世界的な食糧危機が終焉する。
 
2028 倒産したタイレル社の負債をウォレス社が買い取る
 
2029 レイチェルとデッカードの子供、アナ・ステライン8歳が反体制派によってゴミ捨て場で拾われ、出生データを改ざんされて、免疫不全との病歴が偽造されて無菌室へ、偽造の両親も用意される。それまでの記憶は消去され、後にブレードランナーのKへうけつがれる。
 
2030 ウォレス社は遺伝子工学と記憶移植技術を開発し、レプリカントを制御可能にするための開発をする。
 
2036 ネクサス9型開発。レプリカント禁止法が廃止になる。
 
2040 ブレードランナーレプリカントネクサス9型が配属される。ネクサス8型の解任が任務。少なくともKはこれ以降に生まれる。(9歳未満)
 
2048 農家として線形動物を養殖していたサッパーは売り先のロサンゼルスの闇市でトラブルをおこし、捜査対象へ。(ノーウェアトゥラン)
 
2049 ブレードランナー K はサッパーを「解任」するため農場へ。サッパーは線形動物農家からコガネムシ農家へ転職していた。デッカードはおそらく30年にわたってラスベガスで養蜂をしていた。
 

 
以上の年表から3度のイノベーションがあったことが推察できます。
 
 
A,前作のタイレル社のイノベーション 
  人工のトリ、ヘビ、サカナ、タコ、そしてレプリカントタイレルの姪からレイチェルへの記憶の移動 ネクサス8型まで レイチェルへの妊娠出産機能 後に遺伝子編集技術であることが判明。
 
B,ブラックアウト後の食料生産を劇的に改善したウォレス社独自のイノベーション
  
C,そしてタイレル社買収後のウォレス社のイノベーション
  ネクサス9型、記憶の創作技術、移動技術 安定したレプリカントへ。
  妊娠には何故か成功しないので、どうにかレイチェルにつながるヒントが欲しい。  
 
 
Cのイノベーションが起こったのは
 
アナ・ステラインの無菌室への収容後ですので、記憶の創作とレプリカントへの定着が、精神的に安定したレプリカント、ネクサス9型の製造のカギだったのでしょう。
レプリカントにヒトの記憶を植え付けることは禁止、とされていますから
ヒトから真の記憶を移植されたレプリカントは、レイチェルやKに見られるように情緒的に不安定になる模様です。
 
アナ・ステラインの仕事は、創作した記憶をレプリカントに植え付ける恒久的な「精神安定剤」としての役割で
たくさんのレプリカントの一体、Kにアナステライン本人の記憶を入れ、「木を隠すなら森の中」というふうに隠すことが目的だったようです。

同時に、不安定な「自我」に目覚めるレプリカントを潜ませておくことで
反乱軍の要員を育てさせる目的もあったようです。
記憶を奪われて、病気もでっち上げられて
無菌室の中で敵の最前線で記憶制作活動にはげむアナ。
なんとも人権がないような気がするんですが、この世界の倫理観はなかなか不思議です。
 

さて、世界設定の考察が終わりましたので
その中で昆虫食がいかに役に立ってきたのか、考えてみましょう。
 
1,サッパーにおける昆虫食の役割
 
Kに聞かれてタンパク質だ、とサッパーが述べていたように、食用です。
ではあの泥水で何をしていたのか、と考えると、
好気呼吸をするコガネムシの養殖に適しているとは思えないので、
おそらく休眠を利用した貯蔵だと考えられます。
近くの太陽熱発電が曇天であまり集光していないように見えました。
 
農場のあるカリフォリニアは現代においては太陽光に恵まれた地域ですので、気候変動によって安定した太陽光が得られず、そして同時に電力事情も逼迫していると思われます。
 
そこで、サッパーは好気的なフカフカ腐葉土
養殖したコガネムシをビニールハウスと泥水の中に貯蔵し
一旦嫌気的な状態におき、休眠を誘導して常温保存していると思われます。
 
ここまで嫌気的な状況でコガネムシが長期に生きられるかはわかりませんので、
遺伝子編集によって品種改良されていた可能性もあります。
 
嫌気的な条件において泥水を分解するとメタン産生菌のはたらきでメタンが得られますので、そこからガスコンロに導けば、燃料を得てニンニクを煮ることもできるでしょう。
 
なのでサッパーは、季節や日照(電力事情)の条件によって
コガネムシの養殖シーズン、ニンニクの栽培シーズンと
休眠シーズン(およびメタン産生シーズン)を切り替えていたのではないでしょうか。
Kが捜索にやってきたのはちょうど休眠シーズンだったといえそうです。
 
また、木材がほとんど手に入らない、ということと、
レイチェルが埋葬された30数年前にあった枯木が分解されていないことを見ると、
環境汚染か日照不足かによって、地表の植物のほとんどは死に、多くの未分解の植物由来の有機物が地表に残存していると考えられます。
それらの腐葉土、腐植質からコガネムシを使って、自給的にタンパク質を濃縮していたのでしょう。
 
サッパーは2048年に、線虫を売りに行った先で問題をおこして買い取り票を押収されてしまいました。線虫の買い取り先で「他を当たってくれ」とふっかけられて渋々安い値段で納品していたので、なかなか他の業者に線虫を売りに行ったり、線虫のエサを買いに行ったりすることはできなくなってしまったのでしょう。
 
そこで、
足取りを消すためにたった1年で線虫からコガネムシへの転作をしたと考えられます。
2049年、Kが来るまでの1年でコガネムシ養殖を成功させたサッパー。
もともと線虫養殖の設備やノウハウがあったとはいえ、すごいです。農家として尊敬します。
 
細々とした電気から、レイチェルに捧げる花の栽培と、
ちょっと余裕のあるときにニンニクを栽培できるぐらいの日照はあった模様です。
大事に保存していた、とっておきのニンニクをKに食べさせたかったのかもしれません。
 
残念ながら2048年までやっていたはずの
線虫養殖の現場や、売られた線虫の利用先、線虫のエサなどは
結局見られませんでした。くやしい。
 

 
2,デッカードにおける昆虫食の役割
 
デッカードはレイチェルが子供を産んだあと、我が子には一切会わずに
最も汚染された地域であるラスベガスで隠遁生活をしました。
室内には微細藻類の養殖水槽があり、犬と蒸留酒を飲みながらダラダラと暮らしていました。
 
その中で、Kに見つかるきっかけとなってしまったのが、養蜂です。
見つかるリスクを極端に恐れていましたので、それでもやっていた養蜂は必須のことだったのでしょう。
 
しかし、現代の養蜂にはたくさんの草花が必要です。
荒涼とした砂漠地帯であるラスベガスにおいて、一体何を食べさせていたのでしょうか。
 
考えられるのは微細藻類です。
 
ミツバチにクロレラミドリムシスピルリナなどを食べさせて、きちんと生育するかはわかりませんが
花粉の細胞壁を壊して栄養にする能力はあるようですから、一旦ミツバチに
花粉代わりに微細藻類を食べさせて、
 
藻類の細胞壁を破砕・消化し
ヒトが食べやすいハチノコなどの栄養源にしていたと考えられます。
 
ミツバチそのものを遺伝子編集によって、藻類をエサにできるよう品種改良していた可能性もあります。
 
また、水から取り出したばかりの濡れた微細藻類は放置しておくと腐りやすいので、
一旦ミツバチに食べさせ、ミツバチの生きた体組織に栄養として貯蔵させることで
 
常温保存していたものと思われます。
加熱をしないことで、エネルギーや燃料を節約し、
熱に弱いビタミンを守ることもできそうです。
 
犬とデッカードとミツバチのフンは、希釈して調整して、微細藻類の栄養に戻されます。
 
つまり、デッカードはハチノコをつまみに酒を飲んで、被爆に耐えつつ木彫りをしながら懐メロを聴き犬と遊んで暮らしていたことになります。
 
わりといい隠遁生活ではないか。娘に会えないこと以外はとってもうらやましいぞ。
 娘よりも気ままな生活をしているではないか。これでいいのかレイチェル母さん。
 

 
以上のことから、
 
ブレードランナー2049において、
 
昆虫食はサッパーやデッカードの隠遁生活における、自給的なタンパク質生産の
 大事な要素として、きちんと仕事をしているように思えました。
 
 
ですが、残念ながら、
昆虫食が利用されていたのはこの世界のほんの片隅の、
イレギュラーな事例であったこともわかります。
 
 
昆虫食より大きな経済圏をもつであろう食用の線虫、
それと「3000ほど」で買えたであろう線虫のエサ、
 
そして生物をどのように遺伝子編集をするとレプリカントができるのか。
 ヒトとくらべてなぜレプリカントが効率がよく、頑強なのか。
 6型の寿命はいかにして克服されたのか
 
Kのマズそうな食事に昆虫は含まれていたのか。
レプリカントの栄養要求性はヒトと同じでいいのか。
ブラックアウト後の食料生産を劇的に改善したウォレス社の貢献とは。
 
なぜウォレスはレプリカントの妊娠に成功しないのか。
 記憶を創作したり移植したりするっていったいどういう。
 
 
などなど、物語の根幹に関わる技術は
 
雨だか霧だかスモッグだか砂嵐の向こうでなかなかたどり着けないようです。
 
私もあれやこれやと考えたのですが、かなりの分岐が考えられることと
タイレル博士も、ウォレス博士も、重要な技術者の言うことがポエティックすぎて
必ずしも真実を言っているようには思えなく、断念しました。
 
 
うーん。
 
とくに気になるのは食用の線虫とそのエサ。
 
サッパーには転作することなく2049まで養殖していてほしかった。
 
そしてレプリカントは食えるのか?というのも気になります。
命令すれば自殺するので、屠畜の手間や危険性が最も少ないと思われるネクサス9型。
頑強なので肉質はきわめてカタそうです。
熱にも強いので、煮ても焼いても 食えなさそう。
 
妊娠機能をつけて、肉質をやわらかくして、
アウターワールドで食肉となる未来がやってくるのか、

それまでに自我に目覚めたレプリカントによる
革命が成功してウォレス博士が失脚し、人権を獲得するのか。
 
 
 
いま革命軍はサッパーやデッカードと同じように
昆虫を食べながら隠遁生活をしているでしょうから、
革命が成功すれば、おそらく昆虫食の未来が待っていると思いますので
私は革命派を応援することにします。
 
 
次作が待ち遠しいですが
もうあと30年後になってしまうのでしょうか。

#私が昆虫を食べない理由

「受動態」というのは

主語をあやふやにするという用途でよく使われます。

 

「なぜ虫が嫌われるのか」

「なぜ虫が食べられないのか」

 

という問いは、解答者がどう思っているかという部分を抜きにして

話を進められるので、気軽にできます。

しかし、本当は別の「食べない」理由があるにも関わらず、単純化、合理化されて

理由付けされてしまう危険性もあります。

 

一方で

 

「私は虫をこう嫌う」

「私が虫を食べない理由」という主語を自分にする語り口は

受動態で議論するより

やはり実感が伴っている、というか正直な気持ちが表れていると思います。

正直に、主体的に考えるという意味ではこちらの発問のほうがよいかもしれません。

 

そもそも私が昆虫食を研究するきっかけが

「私はなぜ昆虫に食欲がわかないのか」という主観的な疑問からだったので

主観的な昆虫食への態度を集めておきたいと思いました。

 

ですが、

それに対する反論・異論には気を使います。

個人攻撃につながりかねないからです。

 

本来ですと、個人の意見はいったん匿名化して

そこから集計・解析をすべきなのですが、思いつきで

 

ハッシュタグ

 

 #私が昆虫を食べない理由

 

Twitterで収集したら思いの外いい意見が集まったので、

 

今後の議論の展開について、ガイドラインを立てられたらなと思いました。

まずは眺めてみて、思いついたことをつぶやいてみてください。

 

togetter.com

 

この目的はあくまで「自由に意見をいうこと」です。

 昆虫には人権がないので、どんなことを言っても加害や差別にはあたりません。

 

誤解もいくつか見られますが、それを訂正するのは

 

将来的には目指すところですが、この場の目的ではありません。 

 

 

この場のもう一つの目的はトートロジーの回避です。

 

「昆虫を食べない理由はそれが昆虫だからだ」というのをトートロジー、循環論法と言いますが、その構造に気づかないと、それが正しいと思い込んで議論にならないことがあります。

 

なので、「#私が昆虫を食べない理由」が

本当に昆虫の範囲なのか、それとも昆虫以外の範囲も含むものなのか

という食べる食べないの範囲設定を見直してみると面白いかと思います。

 

 

軽くまとめます

 

1,虫が嫌い

むしが嫌い、虫が滅びてほしいから食べない。

虫が滅びてほしいから食べる、という人もいていい気もしますが、いないですね。

虫に対するストレス耐性が十分でないために、昆虫を食材として扱う際の

一連のプロセスがストレスになってしまう、ということがありそうです。

 

生きた魚をドンと置かれて食えと言われる魚食がないのと同様に

これから普及する昆虫食も、食品提供者による調理済みのものが提供されるのが

普通になるでしょう。そういった「食用昆虫の提供現場」のデザインも

今後視覚的に提案できればと思います。

 

2,周囲の目が怖い

「昆虫を食べて食中毒になった」と周囲に言うと、おそらく

今の社会では自己責任と言われてしまいます。

これがスーパーで買った鶏肉であったなら、提供者の責任も問われるでしょう。

自分で捌いた鶏肉なら自己責任と言われるでしょう。

ジビエならば自己責任、という不文律がありそうです。

 

虫を食べる人が変人と言われる、おら食えよ、と道端の昆虫を指して言われる

など、虫を食べない人がマジョリティである現状そのものに、

昆虫食を素直に楽しめない理由もありそうです。

「虫を食べる人が少ないから虫を食べない」という人が大勢だと、

今後の普及が難しいのでどうにか突破したいところです。

 

3,衛生レベルが食用とする閾値に達していない、もしくは不安定

 

確かに現状の昆虫食の多くは採集食で、養殖された家畜肉と比べると、衛生レベルは

達していない、もしくはよくわからない、不安定です。

そして食品提供者レベルの確かな品質管理に失敗して、食あたりになるとやはり

「自己責任」と言われてしまいます。複合的な理由になっていそうです。

 

特別食に対して何も考えなくても食に対する安全性が保証され、

何かあったら提供者に責任を問える、という現代社会においては

「自ら動いたことによる食の失敗」は自己責任と言われて救済されない様子がありますね。

 

4,内臓食に忌避感

カキや桜えび、しらすなど、内臓ごといただく食べ物に忌避感があるのと同様に

昆虫にも忌避感がある、という理由です。昆虫は小さいので内臓を取り除くのに

手間がかかります。そして独特のエグミもあるので

味として好きじゃない、という方もいるでしょう。

そういえば「脚ならいける」という方もいました。頭、胸などの部位食も

今後の戦略としていけそうです。

 

5,エビよりおいしくない

エビより美味しくないけれど日常的に食べているものを思い浮かべてみてください。

 

6,さほど美味しくない

さほど美味しくないけれど日常的に食べているものを思い浮かべてみてください。

 

7,普通は食べない

「普通に食べるもの」とそうでないものはどう分けられているでしょうか。

多数決でしょうか。国をまたいだ時に「昆虫を普通に食べる」地域であったら

どうふるまうでしょうか。いろいろ考えられますね。

 

8,食べられる機会や場所がない、少ない、高い

これは重々感じているところで、イベントに使う食材としての昆虫の流通も

少ない、あるいは不安定であるので解消したいところです。

 

具体的には信頼できる養殖拠点を増やすべきだと考えています。

昆虫食の潜在的な市場を可視化したいですが、

何かいいアイデアがあれば教えてください。

 

 

 

集めてみた感じでは

昆虫食における食肉処理のようなプロセスを、調理とは分けて

意識的にデザインできる感じがしました。

 

これはあくまでブレインストーミング的に使うもので、

匿名化ができない以上、解析や反論・異論をするものではないので、

好きに意見を表明してもらうものですので、コメントはこのぐらいで。

 

みなさんも眺めてみて、自分が思うことを

 

#私が昆虫を食べない理由

で投稿してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4-3-2 外来種を採って食べることの倫理

第3章に入れようか、それとも第4章に入れようか、迷っています。
暫定的に4−3−2へ。他の章ができていないですが先にできたので置いておきます。
 

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フェモラータオオモモブトハムシのキラキラナッツタルト
外来種を採って食べる」ということは、ほぼ全肯定で報道されます。
鉄腕ダッシュが「グリル厄介」という企画を出しましたし
 
 
私も今までに数回、企画をしました。
 
1,スジアカクマゼミを採って食べる会
 
私が発案し、昆虫食仲間のムシモアゼルギリコさんと石川ふれあい昆虫館さんに丸投げした、
 
というアイデア漏出型人間の無責任さが出た感じのイベントでしたが
 
うまく報道されたのと、
 
「食べる会によって外来種問題は解決しない」という部分まで含めてコメントがなされたので
 
どちらかというとプラスになったのではないかと思います。
 
 
記事が残ってない… うーむ。
 
 
2,フェモラータオオモモブトハムシを採って食べる会
 
主に採る会になりましたが、外来種であるフェモラータオオモモブトハムシを
某所の河川敷で集め、その場で茹でてから持って帰りました。

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フェモラータオオモモブトハムシ前蛹のマカロニナッツサラダ
外来種対策を標榜しながら、それを生きたまま運搬し拡散したのでは本末転倒ですので
特定外来種なみの対応をチャレンジしてみました。
 
こちらは有志で開催したので報道には乗らず。
 
その後食べる会を開催しました。
 
その他、
アカハネオンブバッタ、ムネアカハラビロカマキリ、クロツヤムネアカカミキリ
など、食べてみたい外来種はいくつか候補がありますし、研究者にも声をかけてあります。
 
いずれも研究者に連絡をし、食べてよいか、研究の妨げにならないか、
食べるとしたらいつ、どのあたりがよいか、ゴーサインが出てからスタートする予定です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
さて、ここからが「倫理」の話。
 
「なぜ外来種を食べることはなぜ非難・批判されにくいのか」です。
 
おおまかに3つの倫理が影響していると考えています。
 
1,外来種の倫理
2,食の倫理
3,持続可能性の倫理
 
です。順番に説明していきましょう。
 
1,外来種の倫理
 
外来種は悪者、在来種はいいもの」
 
という善悪二元論は、初歩的にはわかりやすいので、ある程度通用していると思います。なので「悪者を採って食べる」という勧善懲悪のストーリーも
多少は効いていると思います。
 
ですが、この論はそのうち破綻するのでおすすめできません。
外来種を悪者扱いしている!悪いのは人間!」という
反対論がかならず出てくるからです。
 
当然ですが、あくまで悪いのは人間です。
 
人間と生物のバランスを崩してしまうようなある人間の不始末を、他の人間、あるいは公共団体が肩代わりして後始末をしていこう、というのが外来種の倫理の基本になります。
 
火事にも似ていますね。
ある人物の失火、放火を、他の人間、公共団体(消防団・消防署)が肩代わりをして火消しをしよう、といった感じです。
 
火は化学的な燃焼反応ですので、目で見てわかり、熱や勢いでその脅威も直感的に理解しやすいのですが、放たれた生物が他の生物に与える影響は、なかなか理解できるものではないですので、生物学者の出番になります。
 
外来生物は目で見てわかりにくく、対策の専門家でないと、外来生物の「火の勢い」がわからないので、一般市民からすると、過剰な対策ではないか、とか、仕事を得るために煽っているのではないか、とか疑心暗鬼になってしまいがちです。
 
話はそれますが、
2017年夏のヒアリ騒動の件でもわかるとおもうのですが、外来種問題が騒ぎになったときに駆り出されるのは、いままでいるその分野に「一番近い」専門家、今回は在来アリ全般の専門家と、アリも扱う昆虫の専門家でした。同じ給料のまま、全国に呼ばれ、手弁当で対策をしています。
 
その時に、それらの専門家が本来やっている博物館での仕事や、それまで進めていたヒアリ以外の本業の研究論文などは後回しにされます。そして、ヒアリ対策の予算がついても、給料には反映されません。
 
なので、外来種問題は専門家すらも被害者である、ということです。
それでも問題を隠したり矮小化したりせず、警鐘し、監視し、収束へと向かわせようとしているのは、あくまで生態系の専門家としての倫理観だと思います。
 
残念ながら、免疫反応を使った検査キット、画像認識のAIは今回
間に合っていません。その開発にあたっても、AIもキットも必要なく同定が可能な
専門家の手が必要です。
 
ということで生態学者も仕事において、外来種問題の実質的な被害を受けている、ということ。矮小化せずに収束させようとしているのは高い倫理観ゆえである、ということ
を気にしていただけると、外来種問題がもうちょっと柔らかに見ることができると思います。
 
話を戻します。
 
 
そして、外来種対策のやり方が「予防原則」になります。
 
火事の例えで言うと、
火薬保管庫では火気厳禁、というニュアンスに近いです。
 
外来種のやっていることが「罪」であり、その駆除が「罰」である、としてしまうと
本来の罪刑法定主義であれば、火事になってからその行動を放火である、と咎めるべきですが
 
いざ火事になると取り返しがつかないことになるので、
範囲と限度を決めて、予防的にルールを決めて取り締まることにしています。
 
というのも、外来種が放たれてからでは遅かった、あるいは初動が出遅れたために沈静化するためにものすごく時間とお金がかかってしまった、ということが経験的に今まで多くあったからです。
 
予防原則は経験則がその根拠となっているので、
初めて聞いた人にとっては「そんなことエビデンスがない、論理的じゃない。聞いていない」と不快感を覚えるヒトもいるのでしょう。
 
「対策すべき外来種か」「対策可能か」「対策によって不利益を被るヒトはいるか」など個別の案件については様々な専門家が協議して、その範囲と限度を決めていますので、外野である一般市民からは、不透明に見えることもあると思います。
 
これは、生態学者を信じてください、というしかないです。
もしくは生態学者になってください、というしか。
 
生態学を勉強していくと、そして生態学者と知り合いになると
あそこの外来種は盛大な火事になってるなとか
鎮火しようとしてくすぶっているまま10年も経ってるぞとか
火事のようにビジュアルで直感的に見えるようになってきます。
 
それでも、専門家しか知らない地元の事情など、色んな要素があるので
 
「専門家を信じて対策を任せる」あるいは「自らがその案件の専門家になる」の
2つの選択肢から選んでいただきたいと思います。
他でのチャチャ入れは事態を悪化させることのほうが多いです。
 
まとめます。
 
外来種の倫理に関しては、
専門家の判断のもと、予防原則が適用可能だ、というところまで特徴として挙げておきましょう。
 
つまり被害が出る前に、個人的な活動によって駆除して食べても外来種倫理としては
問題がない場合が多いです。
もちろん専門家が調査中の地域においては勝手に食べては研究のジャマになりますので、「食べていいですか」と事前に聞くことも大事です。
 
 
2,食べることの倫理
 
ヒトが飢餓に陥ることは苦痛です。苦痛の回避は
基本的な人権として、認められています。
 
また、単に飢餓を回避するだけでなく、より健康に、
QOL(生活の質)を高く保って生きていくことも、生存権のうちとして
認められています。
 
なので、食べたいモノを食べることは、基本的に尊重されます。
 
基本的人権は最も強力で普遍的な権利ですので
そうそう制限されることはありません。
 
食の倫理からすると、外来種だけでなく、どの種においても
食べたいモノをたべていい、となるのが基本です。
 
ところが、食べたいモノを食べることで、これからの人類の食の権利を
将来にわたって奪う可能性が指摘されてきました。
 
 
3,持続可能性の倫理
 
 これをもう一つの倫理、「持続可能性の倫理」といいます。
 
この用語も生態学から生まれた言葉なんですが、
今食べたいものを食べることで、子孫が二度と食べられなくなる、というのは
長期的な他人の食の主権を侵害している、とみなすことができます。
 
具体的にはウナギやマグロです。
ウナギを食べないことで失われる健康やQOLの低下は少ないでしょうし
もし大きいとしても、今食べることで、ウナギを食べる文化を子孫から永遠に奪うというのも、たいへんに暴力的だと思います。
 
また、外来種の蔓延は、在来生態系の持続可能性を脅かす可能性もありますので、
持続可能性の倫理とも関連してきます。
 
侵略的な外来種である、との調査結果が出ないことには
その外来種が持続可能性を毀損している、とは言い切れないので
あくまで関連するもの、としておきましょう。
 
経験的に、侵略的でない外来種についても、個人的に捕獲して食べることは
持続可能性の倫理において問題ない、といえると思います。
 
 
さて、
1,外来種の倫理
2,食の倫理
3,持続可能性の倫理
 
いずれの倫理においても
外来種を採って食べること」はまったく反すること無く
実現できます。
 
1,外来種の倫理においては、本来いなかった種が
もしかしたら影響ないかもしれない。影響があるかもしれないが
予防原則で駆除してもほぼ問題ないだろう、と言えます。
個人活動ならなおさらそれを制限することはないでしょう。
 
2,食の倫理においても
ヒトが1日に食べる総量はだいたい同じなので、その中で
意義のあるものを食べる、ということはトータルで殺される
生物の総量を減らすことができます。
 
3,そして持続可能性においても
ヒトが生態系の状態に応じて
食べるものを自分で選び、採集して食べる行為は
もっと普及させてもいいぐらいの問題ない行為だと思います。
 
なので、いまのところ外来種を採って食べることは
どの倫理からみても極めて安全な行為である、と言っていいと思います。
 
 
さて、私が問題提起したいのはこの先です。
 
外来種が蔓延した地域で、その外来種を養殖してビジネス化していいか」
 
という問題が、昆虫食が養殖化されるにあたって顕在化すると思います。
 
侵入地域で養殖し、ビジネス化し、野外の外来種の買取制度を設けることで
持続可能なビジネスとしての外来種対策ができる、と思っています。
 
具体的にはクズで養殖できるフェモラータオオモモブトハムシを

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フェモラータオオモモブトハムシ成虫
蔓延地域で養殖し、茹でてから出荷して特産品になればいいと思っています。
 
その時に、少しでも外来種リスクを上げる行為として咎められるのか
 
すでに蔓延してしまって対策予算が賄えないことがわかったとき
 
ビジネス化してしまったほうが「持続可能」なのか
その時の安全対策や脱走防止策など
 
もうちょっと具体的な未来の議論として進めてみたいところです。
何かご意見があれば、またお聞かせください。
 
 
 
 
 
 
 
 

昆虫食展開催中!

#昆虫食展
 
はじまりました!
 

14日、15日はオープニングパーティー兼 昆虫料理試食会も開催
 
なごやかないい雰囲気で進みました。
 
昆虫料理を食べたい、というほどでもないけれど、と
試食会ではない時間に見に来てくださるお客さんだったり

まったくの通りすがりで見てくださる方もいて
長期で開催するイベントもおもしろいものだなと感じました。

こちらは試食会の様子。

 
 

 
 
そして15日

 
 
メニューは 両日とも
 
ツムギアリのサラダ
カオニャオ(ラオスのもち米)
燻製セミとカシューナッツのチキンコンソメスープ
エリサン沙、オオシモフリスズメ沙(フンのお茶)
 
でした。
 
作品はこちら。

 

 
 
昆虫食展、出展作家さんであり、試食会にも参加してくださった
西塚emさんがとてもいいことをつぶやいておられました。
 
 
 
そうなんです。
 
「この虫はすき、あの虫は好きじゃない」という多様性こそが
 
「昆虫食が当たり前の食材になること」といえるのです。
 
 
「虫は全部ダメ」という人ばかりでは、昆虫をいざ食利用したいときには
大きな障害となってしまうでしょう。
 
逆に、私のように「今回はおいしくなかったけど、もっと料理を工夫すればすべての昆虫が美味しく食べられるに違いない」という探求をする人ばかりでも、
それはそれで異常事態です。
 
昆虫の多様性に応じた、適切な昆虫食の多様性にも想像力を及ばせたいものです。
 
また、今回は「昆虫を食べたことのない」作家さん、照留セレンさんも
作品をつくり、出展してくださいました。
「フランス料理はカタツムリやカエルを使うこともよくあるので、昆虫料理もフランス料理風が似合うと思った」とのことです。彗眼。

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出展してくださったことが驚きだったのと、
その想像力がしっかり本質をとらえていたことも更に面白く感じました。
創作に対する旺盛な好奇心をちょっとだけ
こちらのほうに向けてくれたのだと思います。
 
こういったように、もともと昆虫食に対して好奇心がない、
ピンと来ない方に対しても
もともとある好奇心のベクトルを少しだけわけてもらえるような
 アプローチが効果的なのではないかと思いました。
 
昆虫食展、ひきつづき20日まで開催です。
 
やはり作品を目の前にすると、昆虫を食べること、昆虫を食べないこと、
どちらの価値観もざわつきます。
 
そして一つの空間に、濃密に昆虫食に関する創作物が
集まっているという空気も独特なものです。
 
ぜひその目で、その体で体感して、ざわついてみてください。
 
もちろん入場無料です。
 
試食会はありませんので
昆虫食を食べろと強要されると引いてしまうけれど、
その世界をちょっと覗いてみたい
という方にも、会期の後半、おすすめです。
 
 アクセスはこちら。

cyprislisp.wixsite.com